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藤原歯科医師のブログ

2007年06月11日
■桑田メジャーデビューおめでとう

大分の歯科、藤原歯科です。


桑田 真澄 (著)「試練が人を磨く―桑田真澄という生き方」


この本を読むまでは、桑田に対して、「投げる不動産屋」、「金に汚い」というイメージも、
私は恥ずかしながら持っていました。
でも、この本を読むと、桑田の見方が変わります。桑田が好きになります。
(10年前、借金がなかったら、たぶんメジャーで投げていたでしょう。)


ドラフトで巨人に指名された時の話。
(資産管理を他人任せにしたせいで)借金地獄にはまった話。


本人の自己弁護だと言われれば、それまでですが、間違って受け取っている人も多いと思います。


練習熱心なのは、ご存じの通り、
先発ローテーションを守っているときは、先発の3日前は、吐くような走り込みをしているそうです。
今でも、そうだと思います。


(スピードスケートの清水宏保は、もっとすごい。
気を失うような練習をするそうです。実際に気を失います。
そこまでしないと限界を超えられないそうです。)


小学校のソフトボールを始めたときからの話が書いています。


高校時代、1年生ピッチャーとして、華々しいスタートを切ったように見えます。
しかし、夏の地区予選のある日、急に先発が決まりました。
先輩から、「何でお前が投げるんや、お前となんか心中したくない」、
という冷ややかな視線を向けられたところから、桑田の高校野球が始まりました。
その点、先輩達からも期待されていた清原と全く違います。
だいたい体つきが違います。
方や超高校級、かたや中学出たばっかり。
それが、打者を押さえていくうちに、勝ち進んでいくうちに、みんなの信頼を勝ち取っていきました。


桑田の素質を見抜いたのは、PLの臨時コーチの清水さんだったそうです。
監督も頭が上がらない人でした。
そのコーチから、桑田はひとりだけ、特別に練習メニューを与えられたそうです。
それを黙々と、こなしていきました。


もし桑田が野手に転向していたら、ショートを守って2000本安打を達成していたでしょう。
ドラフトで巨人が取った時、亡くなった巨人OBの青田が言っていたのは、
桑田は投手でダメなら野手で行ける、と。
あの当時(今でもそうかもしれませんが)、
甲子園の打者の記録のトップは清原でした。2番目は桑田だったと思います。


本当に巨人を出て良かった。大リーグ挑戦は無謀だと思ったけど。
(巨人が金で選手を集めることは、どうでもいいけど、飼い殺しにしてはいけない。)

投稿時間 : 23:16  投稿者 : 藤原歯科医院